ロータリアンとロータリー家族の皆さん

2019 年 7 月

私は大の旅行好きです。ある地点からある地点への日常の移動でさえ楽しんでいます。とはいえ、昨年、妻のゲイと私は、どんなに陽気な旅人でもお気楽ではいられないような経験をしました。前の晩に初めて知ったホテルで目覚め、もう旅行は終わっているはずのその日、立ち寄る予定はなかった空港で6 時間も待たなければならないという目に遭いました。全くツイていない日でした。
ニューヨーク市のJFK国際空港で待っている間、妻とターミナルで人間観察をしました。それぞれのゲートで、それぞれの目的地を見ながら、フライトを待っている人々の集団を眺め、ターミナルの端から端まで歩きました。
どのゲートにも、人々の島がありました。コンコースの中央を行けばそこはニューヨークで、一つの流れの中を皆と同じ方向に進んでいきます。しかし、方向を変えるとその流れから離れ、島にたどり着きます。そこはすでにデリーやパリ、テルアビブなのです。
空港散策に出た時、私は内心、「こんなにさまざまな人が、さまざまな国から、一つの場所に集まっているなんて。まるでロータリーみたいだ」と思いました。しかし、ゲートをいくつも通り過ぎていくうちに、あることに気付きました。ロータリーとは全く違っていたのです。ある流れにいる人は皆、ある一つの島に向かっています。そして島は島であり続けます。台北に向かう人たち同士は話をするかもしれませんが、カイロやラゴスに向かう人々に話し掛けはしないのです。
それに比べて、ロータリーはどうでしょうか。ロータリーは私たちが違いを超えて、深く、有意義な形でつながることを可能にしてくれます。ロータリーに入らなければ出会えなかったような人々、思ってもみなかったほど自分に似ている人々につなげてくれます。地域社会や仕事上の機会、私たちの支援を必要としている人々につなげてくれます。
そういったつながりこそがロータリーの経験を生み出していくものであり、JFK空港でコンコースを歩くこととは大きく異なります。ロータリーでは、誰一人として島で孤立したりしません。私たちが誰だろうと、どこの出身であろうと、何語を話そうと、どんな慣習があろうと、ロータリーでは皆が一緒です。私たちは互いにつながり合っています。地域社会の一員であり、また、クラブ会員というだけでなく、私たち皆が属する、地球全体の共同体の一員なのです。
このつながりこそ、ロータリーの経験の核となるものです。これこそ、私たちをロータリーへと導いたものなのです。これこそ、私たちがロータリーを続ける理由です。ロータリーが世界をつなぐ中、ロータリアンの仲間と一緒に、この旅路をたどりませんか。

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